[Does the mastery of center-embedded linguistic structures distinguish humans from nonhuman primates?]
(a)この論文は何が問題か。
(b)この論文について疑問に感じることは何か。リストにまとめよ。
(c)自分がこの論文の追試をする場合,さらに必要と思われるものは何か。そのまま追試ができるかどうか考えよ。
デカルトが挙げた論理的思考の鉄則を思い出す。
・はっきりと明らかなものだけを受け入れよ。
・部分に分解し,部分から解決せよ。
・複雑なものは単純なところから取り組め。
・常に間違いがないか点検せよ。
である。まず,この論文は何が問題か,という課題に取り組むにあたって,
「この論文」がどのようなものかということを明示する必要があるだろう。
よって,課題論文の説明からはじめたいと思う。
まずは,読んだ記憶をたよりに大雑把に論文の内容を記す。
この論文は,Fitch and Hauser(hereafter,F&H)が2004年に発表した論文の問題点を指摘し,さらに問題点を修正して追実験を行い,その結果を記したものである。実験の対象は題名にもある通り,「埋め込み型の言語学的構造の制御能力を用いて,人間とそれ以外の霊長類とを識別することができるのか。」というものである。結論として,筆者は「チョムスキーの文法的階層性によって構築された言語獲得能力を,人間以外の霊長類が持っていないことを示すと,概念的な行き止まりにぶちあたった。」と述べている。つまり,この方法では霊長類に統語能力がないことを示せないだろうと主張している。
この論文の問題点を指摘するにあたり,どのような手法で実験んが行われたのかということが重要になってくる。また,著者が上のように主張する理由を吟味する必要もあるだろう。
実験手法について
■F&Hの実験手法■
第一に,埋め込み型の文に被験者を慣れさせる。AABB,AAABBBのパターンの文を聞かせる。Aのシラブルは女性の声,Bのシラブルは男性の声である。そのため,AとBでは声のピッチ,質などその他様々な要素が異なっている。また,A3A2A1B1B2B3のように,数字が対応するAとBは組として扱われ,A1に対するシラブルは必ずB1となるようにできている。
第二に,半分は一段階目で慣れてもらった埋め込み型の文を聞いてもらい,残りの半分は有限状態文法によって作られたABABABという形の文を被験者に聞かせた。被験者には,どちらの音声が一段階目で聞いたものと同じであるかを回答してもらった。
人間の被験者による正答率は85%であった。一方,タマリン(実験で用いられた霊長類)の成績は以下の要領で評価された。タマリンがスピーカーを注視する度合いによってである。なぜなら,スピーカーを注視する割合の増加は,聞こえた音を異質なものと判断した時であると考えられるからである。この方法によれば,PSGによる文とFSGによる文について違いは見られなかった。
別の解釈を取り除くために,二つの文法をひっくり返した実験も行った。すなわち,一段階目でFSGによる文(ABABABなど)に慣れさせるというものである。タマリンはこの実験において,第二段階でPSGによる文を聞いた際に劇的にスピーカーの注視率が増加した。この結果をもって,F&HはタマリンにPSGを操る能力がないと推察したわけである。
★ここでいったん考察してみたい。最も気にかかるのは,タマリンにPSGを操る能力がないと推察するに至った直接の実験結果である。第一段階でPSGに慣れたタマリンは,第二段階の実験結果に有意差が見られないが,FSGに慣れたタマリンは第二段階で有意差のある実験結果を出したわけである。これらは実験事実であり,受け入れられる。では,PSGに慣れたタマリンはなぜ第二段階で有意差のある実験結果を出さなかったのか。つまり,なぜAAABBBに慣れたタマリンがABABABに反応しなかったのか,ということである。この問自体複雑な要素が絡み合っている可能性がある。
ところで,著者はF&Hの実験についてどのような指摘をしているかまとめてみたい。
「特定のタスクにおける成績が文法の制御を示唆することを明示できなかったならば,どのようにしてタスクでの失敗が文法を制御できないことの証明になると結論付けることができるだろうか。」
筆者は上のように述べている。確かに,F&Hの実験の中では,タスクの成績が文法の制御を示唆するということを明示できていない。彼らは,タマリンがFSGに慣れたときにはPSGに反応できたのだから,PSGには慣れることができないのだ,という論理で推察している。そして筆者は次のように強調する。
「F&Hのタスクにおけるタマリンの失敗は,同様のタスクにおける人間の成績がPSGの制御の明証となるということが論理的な証拠に基づいて断言された場合にのみ,タマリンのPSGを制御する能力がないことについて適切なものとなる。」
★確かに,F&Hの実験では,言語の埋め込み文構造の発見とは無関係である。なぜならば,被験者が人間の場合の実験で,PSGに慣れさせることしかしていないからである。これだけの実験では,人間にPSGを操る能力があることを確かめられるタスクであるとは言えないだろう。そもそも,F&Hの実験では,PSGによる文が本当に埋め込み文構造として人間が認知しているのかどうかの明証もなされていない。
そこで,筆者は以下の修正を加えて,実験をやり直したわけである。
■筆者による実験手法(修正箇所)■
人間の被験者がPSGによる文を埋め込み型の構造として認識しているとしたら,その可能性をテストするために以下のような修正を加えた新しい実験を行った。
1,F&Hの実験で使われた構造に加え,純粋な埋め込み構造の文法を満たす文を用いた。つまり,それぞれのシラブルのペアがそれぞれの被験者に対して矛盾なく用いられたのである。
2,テストフェイズにおいて,評価のために4つのカテゴリーの項目が提示された。それは,音声的パターンを変化させたもの,つまりピッチの高いシラブルの後に低いシラブルが並んでいるかどうかと,埋め込み型構造を取っているかどうかというものである。埋め込み構造については,埋め込みの深さを変化させて実験した。
以上が実験手法についてである。
★筆者による実験の修正箇所について考察したい。修正2において,音声的パターンを変化させたものを加えたことによって,人間がピッチの変化を聞き取って文の整合性を判断しているのかどうかがわかるだろう。まさに,筆者はピッチのみを変化させた。その点はピッチ以外の声質の違いなどの要素が取り除かれてより精度の高い実験になったと言えよう。
では,これらの修正によって,H&Fらの実験の問題点は解消されたのであろうか。筆者の修正によって,この実験のタスクにおいて,人間が音声的な要素によって文を識別しているのかどうかということの手がかりは得られるが,やはり修正が加わったとしても,このタスクによって人間が埋め込み構造によって文を識別しているということを積極的に支持することはできない。そもそも,なぜAとBでピッチ(もとは男声か女声か)を変化させたのだろうか。それは,AとBを音声的に異なったものとして認知させ,その上でもペアーを見つけ出せる埋め込み構造の制御能力が見たいからであろう。しかし,その音声的な差異が必須のものであるかどうかは疑問である。ピッチ変化のない場合を実施したらどうだろう。
★筆者も述べているが,人間とタマリンそれぞれを被験者としたときのタスクの評価の仕方に問題が隠れている可能性がある。人間の被験者は,テストフェイズで聞こえるものを「同じか,異なるか」と尋ねられるのに対し,タマリンはスピーカーから出る音が生物学的に重要であるときだけ注視するのである。その点でやはり評価の違いがある。
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