2008年9月3日水曜日

今日は

これから友人とテツカラをする予定です。夜を徹してカラオケにこもって修行するんです。
彼は飛行機で地元に帰省するときはたいてい俺を誘ってテツカラします。
朝起きる自信がないらしい。わかるよその気持ち。

ところで、ふと思ったのは、この日記、一人称が「俺」だったり「僕」だったりする。
これは僕自身の心理的な何かを反映しているに違いない。

思うに、自分の割と深く内面的なことを語るときは「僕」
表面的で、他人に見せる用の自分を語るときは「俺」

ではなかろうか。
この日記の最初を見てみると、友達から誘われるという事実、他者とのかかわりをわりと客観的に語っている部分ですよね。ほんとか?

そういうことにしておこう。あまり意識して使うとこの仮説になぞらえるように使ってしまいそうな気がする。
一人称が複数あるというのも面白いですよね。英語だと「I」一筋だし。ドイツ語なら「ich」だし。二人称の言い方が複数ある言語はいろいろあると思いますが。いや、一人称の表現が複数ある言語もほかにもあるかも。あー、はい勉強不足です。。でも調べるのもめんどくさい。


そう!俺はめんどくさがりなんです!!ここで「俺」きた!
(ここでの「俺」は他者への強い主張であり、一見内政的な内容ではあるが、他者とのかかわりが強く感じられますね。つまり、「俺」は見栄を張ってるときに使うとか。。違うか)

ほんとうに、自分の怠惰で無精な性格にはほとほと嫌気がさします。(ほとほとの使い方あってるのか)
大学浪人の時代は、

「めんどくさいと思ったことから先にやる」

というスローガンを掲げて、日々精進してました。
それほどしょっちゅうめんどくさいと思うんです。。


それはまぁおいといて。。ほんとうにまとまりのない文章。女子高生の会話のようですね。

以前カラオケに行くというときは、あらかじめ歌いたい曲を練習したりしてたんですよ。
でも最近はめっきりそういうことをしていないんで、歌える曲が一向に増えない。
歌える曲を増やすことが目的でカラオケに行くわけじゃないんですが。僕はね。

じゃぁ何の目的でいくのか。
ストレス発散、というのが大きな目的ですね、やはり。
最近の曲は実声で歌うと高くて歌えないものばかりなので、
昔はよくキーを二つくらい下げて、どの歌も歌ってました。
キー二つっていったら全音ですね。ときによってはキー5つ下げたりすることもありましたね。
っていうと、完全4度ですね。もともとドだったら下のソか。
声域がおんなじくらいの先輩も言ってましたが、やっぱりバリトンくらいの声域のひとにとっては、
最近のポップスは高くて歌えないのばかりな気がします。
ほんとか。根拠は?とか問いたくなるのは、
少なくとも科学に触れてきた自分のいい傾向ですかね。
まぁデータは特にありません。こんど調べてみようかな。

でも最近では、キーをそのままでがんばってみるのがマイブームです。
ブームっていうほど最近はカラオケに行ってないんですけどね。
実声とファルセットをきれいにつなげたい、これは歌をある程度続けてきた人なら結構な人が抱く夢じゃないかなと思います。
大学に入って、自分なりによく成長したなぁと思えるのは歌に関する技術と知識でしょうか。
もちろんもともとの実力が非常に残念だったので、それに比べれば、という話です。

昔はキーを下げて、声が裏返ったり詰まったりするのを避けていたんです。
そんな所を他の人に聞かせられない、恥ずかしすぎる、そういう気持です。

んじゃぁ最近キーを下げないのはなぜか。
それは、僕の下手なところをいくら見せてもいいと思える友人とばかりカラオケに行くからです。
つまり、思いっきり練習できるということ。さすがに同じ曲を何度も歌ったことはいまだにないですけど。
もちろん昔っから、自分の音域の限界に挑戦してみたいという願望はありました。
でも、特に高校のときとかは、先輩だとか、女友達とか、見栄を張りまくりたい状況だったんです。

ということは、現在は交友関係が縮小して、おんなじやつとばっかりカラオケにいっているということですね。。これはこれで気楽でいいです。俺は気がちっせいんです。。





将来

これまでアウトプットがなかった分、書きたいことは山ほどあります。いや、そんな気がする。
友人や親にも本音を言うことはほとんどないからなぁ。。
まとまりなさすぎですが、とりあえず思うことを。


今日の面接でも聞かれましたが、将来の進路。。

これまで聞かれるたびに、
「脳の研究者になりたいんです。将来は大学に残るか、どこかの研究所で働きたい。」

的な答えを返しています。
でも、自分に改めて問うてみる。おれは本当に研究者やりたいのか。


最近強く思うのが、
自分が学問に向いてないんじゃないかということ。
こんだけ時間があるのに、勉強に向かえないっていうのは、
仕事として学び続けなければならない研究者としての資質がないんじゃないか。
そう思うんです。(いや、どの職業もそうか。)それに、ほかの大学生に比べて、圧倒的に学力が足りてない。
大学の単位を取る力なら割とあるつもりなんですが。レポートをでっちあげるとか、テスト問題を覚えるとか、、最悪。。
こんなことしかしてこなかったから、当然の報いだとは思ってます。


大学教授を親に持つある友人は、

「勉強ができるのと研究ができるのは全然違う。勉強ができたって研究できないのはたくさんいるんだよ。だから、院試の筆記の結果と研究を直接結びつけて考えないほうがいいと思うよ。」

そんなことを言ってました。
彼が言いたいのは、研究分野に精通していることが必要で、院試の問題ができるから研究ができるのとは違う。ということだと思います。そりゃあそうだけど。

2か月(だったかな)前に願書を出しておきながら、それの勉強を全くしなかったというのは、
学徒としてどうなの??と自分に問いたい。
確かに俺が志望する研究分野と、院試の内容は全く違います。
でも、この院試の内容は、これまで2年間専門課程でおれが学んできたはずの内容であって、
それなりに単位は取ってきているのであって。。
おれの専門課程は全く身になっていなかったという事実をはっきりと突き付けられたんです。うすうすわかってたけど、実感としてはっきりわかったんです。院試の筆記で。つーか対策する段階で気付け。。。


こんだけ書きましたが、
要は「おれ研究者むいてねんじゃねぇか!!」
ということ。

かといって、おれに他に何ができるのか。。。
何にも出来ない。。

大学生のはじめの頃よりは、だいぶ働くことに対して抵抗はなくなってきました。
就職しちゃおうか。。そう思うこともあります。
就職するとしたら、どんな職種がありだろう。
もし就職をするとしたら、今大学で言われているような適性については熟慮したいもんです。
おれみたいなグウタラがやっていけるような仕事ってあるのかな。。
そもそも社会人としてすら不適合な気がしてきた。。。Oh..


なにがここまで俺を堕落させたか。。それはまぎれもなく一人暮らしに一因があります。
自由な時間が多すぎるし、他人の監視の目もないし。。おれは中学生並の自己統制能力しかないようです。。
彼女との連絡がかなり疎遠になってきているのも一因かもしれない。。
高校の時は、彼女の頑張りをみて、やる気を奮い立たせたことが何度もありました。
ほんとがんばってるんです。。見習いたいのなんのって。。
ところが、もう2か月前になるんですが、そんときにちょっとだけ腹が立つことがあって、
連絡を無視しちゃったんですね。そしたら、心配してたくさん連絡くれて、
終いには親にまで連絡をして。。なんかここまでされると返事をしにくくって、
それ以来おれからも連絡してないんです。。ここにも俺の最悪さが光ってる。。。。。



あー、ほんと自分いいところまるでなし。日記のタイトルを「うしろむきにっき」にでも変えようかな。。



ということで、心にわだかまりを抱えたまま日々暮らしていると、何事にもやる気が出ない、
自暴自棄になる、そういう心理的影響ってあると思うんです。
だったら早く彼女に連絡してみろって?その通り、わかってらっしゃる。それができれば苦労はしないんです。。あーまた言い訳だ。


このまんまの生活続けてたら、ただ下り坂の将来しか残されてないのは確かですね。。
あぁ。





日記

過去の日記の類を見直すと、痛烈に恥ずかしくなります。
おれなんでこんなこと書いたの、こんな恥ずかしいこと言ってたの。。

当然ながら消去したくなります。
このブログもあっという間にきえてしまうかもなー。

でも、自分の成長のためにしばらくは続けると思います。

おわた

面接おわりました。

面接の直前。控室で面接の終わった友人から話を聞いたところによると、
「最初に志望動機を聞かれて、あとはずっと雑談だったよw」
という話。

なんだ、あんまり心配することもないのかなーと少し気が楽になっていたんですが。。


面接室に入ってみると、志望する系の教員がズラーっと勢ぞろい(いない人もいたかも)。
友人の話のとおり、はじめに受験番号と名前を聞かれました。

志望する研究分野については突っ込まれるだろうと思い、あらかじめ本を読み返したりして
復習しておいたので、たぶん何とかなりました。(控え室で待ってる数分だけだけど。。)

そこで、第一希望の教員からいつもの感じで、

「君、向いてないから別の分野に進んだほうがいいと言いましたよね。なぜまた志望したんですか。」

えっ。そんな風にいわなくても。。
確か先生は院試に受かって、なおかつ8学期の先生の授業に欠かさずに出ればOKという条件を与えてくれたじゃないですか。。

まぁしかし、この先生はいつもこんな感じなので、それほど動じずに答えました。
「先生のもとでもっと指導を受けたいからですウンタラカンタラ、脳の研究が諦めきれないからウンタラ」

まぁこれくらいは想定内です。


すると次に、第二志望以降の先生との分野の違いについて突っ込まれることに。
「第一志望は脳。それ以降はレーザーだったり、量子工学だったり、分野が違いますがどうしてですか。」

これは願書を出すときに考えておいた答えを。
「脳の研究には、測定装置の開発も非常に重要です。携われるのであれば、装置の開発や、それにかかわる基礎研究をやりたいと思ったのです。」

こじつけながらも何とか回答。
そのあと、第二志望の先生から具体的なビジョンを聞かれたりしましたが、
レーザーの詳しい話はノータッチだったので、答えられず。しかしこの先生は優しい。

「もし第一志望に落ちて、それ以降の希望の研究室に入っても、がんばってやっていけますか」
もちろんですとも。ここで「いいえ、無理かも。。」とかいうやついるのかな。いるかもな。。第五志望まで書くの強制だし。。
面接官の先生方は、僕が相当脳の研究に固執しているとみて、こう聞いてきたようです。
僕にとって、脳の研究というのはもはや意地で目指しているようなところもあって、
今の実力ではそれ以外の生粋の物理についていく自身も全くない、というのが本音です。
もちろん、脳研究のほうが実際は学ぶべきことがずっと多いようなんだけど。。


その後、脳の研究以外になにかやりたいと思ったことはないの?とか、
趣味は?とか、どうにかして第一志望から話を遠ざけようとしている模様。


そして、一番聞かれたくなかったことを第一志望の先生から突っ込まれました。
「筆記試験の手ごたえはどうでしたか。」

きた。。。
手ごたえは最悪でしたよ。ええ。まるでボロ雑巾。穴だらけ。。
取れなかったところを具体的に言いました。
専門科目の物理とかフォニャララ、基礎科目の熱力学とかほにゃらら。。

そして、この先生お得意の鋭い突っ込みが。
「原因をどのように分析しますか。」

あぁ。。。原因も何も。もちろんわたくしの勉強不足のたまものです。。
しかし、なんとか言い訳しようと、ある事を言ってしまったんです。
「院試の日付を間違えていて、前日に気づいてパニくったんです。勉強の計画もオジャンなんたら」
あー、言ってしまった。完璧なひどい言い訳です。事実ですけど。。どっちにしてもひどい。。

面接官一同大笑い。。第一志望のK先生除く。。

そしたらK先生から追い打ちが。
「君は基礎科学科で学んだことは何ですか。」

これってつまり、おまえこれまでなにグータラしてきたんじゃドアホということですね。
もう、数分前から徐々にてんぱっていた自分がさらに加速。

「えー。量子力学と統計力学。ミクロとマクロの見方、違った見方をすることで現象をうまく説明できるってことです。」

あぁぁ。。俺は何も学んでなかったんです。はい、そのとおりです。。
するとK先生。

「もういいです。」

「あなたは、脳の研究に必要な資質は何だと思いますか」


キタ。

「はい、多分野の境界に位置するので、それぞれの分野を深く学ぶ勤勉さが不可欠だと思います。」


自分で言いました。俺は向いてない。。
院試の勉強もまともにできないやつが脳の研究なんでできっこねえと。


するとほかの先生も、

「君は基礎的な部分の学習が不足してるね。」
「英語はとれてるじゃない。文系なんじゃないの。」

・・・・・・・・・・・


完璧に第一志望は落ちましたね。。。
でも、8学期もこの先生に卒業研究でお世話になる。。気まずい。
完全に自分の勉強不足が悪いんです。
自分でもなんでこんなに学んでこなかったのか不思議なくらい。。
大学に入ってから、自分をいかに勉強に向かわせるかということを考えていたんですが、
今の今まで答えが見つからず、結局何も勉強することなくここまで来てしまった。。


誰か、どうにかしてください。。みたいな人に頼るのはいかんよね。
自分で変わらなくちゃ。
K先生みたいな厳しい先生の所に志望したのも、誰かに叱ってもらって自分を変えたい、
というような気持ちがあるからだと思うんです。。


ほんと、どうしたらいいんだろう。